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13億通りの爪先 15 中国ー最後の数日

□終わりのやり方。
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毛!(Mao!)


4月20日午前4時20分
私は北京の空港で一人
静かな気持ちだった。

すこうしだけ、暗い闇が薄れてきた空を見ながら
ベンチに腰をかけて
完全に無の境地だった。

前日、
鳳凰を出発し、5時間バスに乗り張家界に戻った。
そのまま空港に向かい、2時間半のフライト
北京の国際空港に着いたのが午前1時前。
そのまま4時間あまり、ここで静かに夜が明けるのを待っている。

おまけに、その日どうやら私は熱があるらしかった。。

熱を持ったまま、飛行機に乗るのは
本当につらいことだと、私はこのとき初めて知った。
気圧が下がっていくごとに、どんどん頭がしめつけられていく。。
いや、というより耳から空気がぬけなくて、頭の中にどんどんたまっていき破裂するんじゃないか、、と思えてくるのだ。。。
私にとって地獄の2時間半だった。


そんなフライトをくぐりぬけ、やっと到着した空港で7時間近くの時間をつぶさなければならなかった。。
電車もないし、あまり早く行ってもホテルが開いていないからである。
なんとまぁ、、過酷なスケジュールをくんだものか、、、。
でも、張家界からのフライトはその時間しかなかったので選択肢はなかったのだ。。


そういうわけで、私はそのベンチに座っていた。
たしかに体はこれ以上ないくらいに疲れきっていて、熱のせいで感覚もうすい。
泣きたくなるほどひとりだったし、北京の空気はやっぱり息苦しかった。

それなのに、奇妙な幸福を感じていた。
うっすらと夜が明けていくのを眺めていたとき
もうしゃべる力さえ残っていなかったというのに、体の奥の奥の方で静かにみなぎるパワーを感じてうれしく思った。

これは、中国が与えてくれたパワーなのかな。。
そのまま静かに夜は明けた。


午前8時を過ぎてようやく私はホテルに向かい
小さな部屋を一部屋とって
眠りについた。


浅い眠りの中、ちいさな夢をたくさん見たような気がするけど、もう思い出せない。
それから目が覚めて、街に出てみたけれど
なんだかそこはもう、前と同じ北京ではなかった。
どこかよそよそしくて、冷たくて、、私の知らない街だった。


きっと、北京が変わったわけじゃない。
私が変わったんだ。。
あぁ、おうちに帰りたいんだ。。
そのとき初めてそう思った。

家族や恋人の顔が見たい。
友達とわいわい飲みたい。
日本語が話したい。。


そんな気持ちに自然になった。
疲れて気が弱くなって、そういう気持ちになったんじゃない。
中国がいやになったんでもない。
むしろ、私は自分の中にある種の強さを見つけて誇らしく思っていたし、
中国は絶対もう一度行きたいと思う国だったのは、その時も今もかわらない。


でも、私はきっと日本をすてられないんだ。
大好きな人たちがいて、ごはんもおいしくて、自然も豊かで、四季のある国。
そして、日本語。
こんな言語は他にないと思う。
美しい言葉だと思う。

「美しい」
これに関しては、中国語の響きが好きだ。
「漂亮」(ピャオリャン)
ピャオリャン、、、なんてきれいな響きなんだろう。
言葉は響きで作られているんだろうな。


最後の最後にそんな気持ちになれたことで
私はもう思う存分お土産を買い、
気の向くままにぶらぶらして、好きなときに好きな物を食べて過ごした。

そういうふうに歩いた北京はやっぱり、いろんなものがごちゃまぜである魅力的な街だった。
ありがとう、チャイナ!

きっとこの次は少しでも中国語を勉強して来たいと思う。
そして、友達をたくさんつくれるといい。
その日までさようなら。。



再見!!
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  オマケ、、私の中国語ブックにかじりついて読んでいる、よく行った食堂のスタッフ3人。。笑
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by galwaygirl | 2011-06-02 14:28 | 旅日記

13億通りの爪先 14 中国ー鳳凰古城

□遠く離れた地で、、

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さて、
気付けば、もう鳳凰古城の最終日なのであった。
ということは、旅ももう終わりに近い。
後は北京に戻って2日間過ごし、日本に帰るのである。

2週間という期間は、長いようで短くてまたたく間に過ぎ去った。
その間、体験したたくさんの初めて。
いくつになっても、新しい体験というのは胸をときめかせてくれるものだ。



最後の夜、
何を食べようかと考えて、レストランを探した。
ゆっくり食べて、少し飲みたかったけど鳳凰のバーはかなりすごいボリュウムでダンスミュージックがかかっていて、その夜の気分ではなかった。
だから、比較的すいていそうな川沿いのレストランに入ってみることにした。

メニューは全て中国語なので、やはり何が食べられるのかわからない。。
漢字だからわかりそうなものなのだけどなぁ、、。
微妙に違うんだ。
私はあまり変わった肉は食べたくなかったので、豚肉のものはありますか?と訪ねた。
そうしたら薫製にしたものならあるということだったので、その炒め物とビールを注文した。
ごはんはだいたいどこも食べ放題である。
ちょっとべっちゃりした白いごはんがおひつに入って出てくる。日本と同じようにそこからお茶碗に入れて食べるのだ。
豚肉の薫製炒めはすっごくおいしくて、この旅一番の一品だった。
ビールにもめちゃくちゃ合う!
一人でもくもくと箸がすすみました。


もう食べ終わるころになって、
給仕のおばさんが話しかけてきた。
どこからきたの?とか、一人なの?とか、、、
やっぱり言葉は通じないから、筆談と会話ブックを活用して話した。
そのうちに、なんだか人が集まりだした。
みんな、得体の知れない外国人の女が一人で食べて飲んでいることに興味しんしんだったようで、、、
わらわらとテーブルに集まってくる。。。
そのうち隣のテーブルで食べていたカップルもまじえて、みんなで飲むことに。


最後の夜一人は寂しかったから、思わぬ展開に胸がはずんだ。


最初のおばさんは、何か伝えたいことがあるようで、身振り手振りを交えながら何か言っている。
でも、わからない。
こちらも一生懸命考えるんだけどわからなくて、やっぱり紙に書いてもらう。

おばさんは白い紙に一言

”地震”

と書いた。



私は息をのんだ。
もちろん、そのことを旅の間忘れていたわけではない。
というよりずっと頭から離れなかったし、忘れることなんてできなかった。
でも、人と話をするのは初めてだった。


おばさんは四川でも大きな地震があって、1万人以上の人が死んで、とても酷かったと言った。
でも日本の地震はそれ以上のものだから、本当に心配しているというようなことを言っていた。
私は、私の家や家族は大丈夫だったけれど、もっと北の地域の被害は本当に大きなものだったということや、原発の問題もまったく解決していないから、今日本人はとても不安でいっぱいなのだという話をした。
伝わったかはわからないけど、みんな神妙な面持ちで聞いてくれて、日本のことをとても心配してくれていた。

おばさんは、
地震はこわいわね、とにかくあなたの家が無事でよかったわ。私たちはみんな日本の復興を願っています。
と言ってくれた。


すごく、すごくうれしく思った。
こんな離れた地で出会ったことのない人たちが、日本のことを思ってくれている。
そのことに私はとても感動したのだ。


私たちはふんばらなければならない。
世界中の人が今
日本を見ている。

そして、手を差し伸べてくれているのだ。


その手を借りればいいと思う。
その手をもっとたくさん借りて、早く立ち直ろう。


それからカンペイ(乾杯)して
ビールをごくごく飲んだ。
いつか、この人たちをまったく不安のない日本に招待できるといいなと思いながら。




次回、、
中国旅行記最終回です。
不安の多い日々ですが、少しでもみなさんがこれを読んで楽しんでくれていたらうれしく思います。
そして、中国に興味を持ってくれたらもっとうれしいです。
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by galwaygirl | 2011-05-29 15:17 | 旅日記

13億通りの爪先 13 中国ー鳳凰古城

□とにもかくにも鳳凰古城探索。。

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泊まったホテルのスタッフの方がとっても感じのよい男で
まっっったく言葉が通じないっていうのに、街を案内してくれるっていうからついていくことにした。
お金は?
って聞いたら、
ぶんぶん首をふって、目をまるくした。

世の中には、、無償でやさしい人間もたくさんいる。
そうだ、、見返りなんていらないんだ!
そう思って、自分のいつの間にか金で全てを解決できると思っていた汚い心を呪った。


のであったが、、、、


彼は彼なりに下心はあったらしく、、
後々、ものすごい勢いでマッサージの申し出をしてくるのを、全力で断るのに非常に苦労するのであったが、、、
まぁ、このときはそんなことは知るよしもないのだった。

やっぱり見返りいるよね、、、。

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鳳凰は、小京都みたいなものなのだろう。。
もう、完全に観光地となっていて、土産物屋がひしめいている。
雑貨も安くてかわいいものが多く買い物にはもってこいの場所だったように思う。
私もたいがいの土産をここでそろえた。


楽器も変わったものがたくさん売っていて、中でも惹かれたのはオカリナ。
店員がどこの店も店頭で吹いてパフォーマンスしていたのだけど、本当に素敵な音。。
ああいう笛のような音色が、中国の景色にはよく似合う。
日本もかつては、そういう音色が似合っていたんじゃないかと想像する。
私たちが捨ててしまったものが、まだまだたくさんこの地にあるような気がする。




スタッフの彼は、私を手こぎボートに乗せてくれて案内してくれた。
私一人だったら乗れなかっただろうし、ボートから見る街はまた違ったふうに見えて素敵だった。
中国人のカップル2組がとなりでかなり激しく水の掛け合いをしていて、(ぴちゃぴちゃっレベルではない。立ち上がって船を揺らしながらザバンザバンッと掛け合っていた。。。)はらはらしたが、、しまいには船頭さんまで巻き添えに。。

そう、、
どこだって、『空気にひたる』、、、なんてことはできないのである。。。

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歩けば歩くほど、おもしろいところだった。
素敵な路地裏もたくさんあった。
おいしそうなものも、かわいいものも、素敵な人たちも、、、


こんなトイレも。。
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うん○禁止おトイレ。。
おしゃれなカフェでたまに見かけました。
ながれないんだってぇー、、、それってもはやトイレの形した飾りなんじゃ。。。
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by galwaygirl | 2011-05-23 23:25 | 旅日記

13億通りの爪先 12 中国ー鳳凰古城

□最終目的地。

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私が中国に行こうと思い立ったのは、ここに行きたかったからだ。

旅の最終目的地
鳳凰古城。

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何かの雑誌で初めて見たときに、強く心ひかれた。
理由のひとつは、まちがいなく無数にぶらさがるちょうちんだったと思う。

私はちょうちんが好きだ。
べトナムのホイアンという街に行ったときも、ちょうちんに惹かれて立ち寄ってみたのだ。

なんで好きなのか知らない。
それは単純に女の子がきれいな洋服やらバッグやらが好きなのとおんなじ理由だろう。
それに2面性とやらも惹かれる理由のひとつかもしれない。
昼間はぼさっとしたあか抜けないしろものなのに、夜になって灯りがともればとたんに存在感を放ちだし、妖艶な魅力を発散しだすのだから。

それから、古い街が好きだ。
旅に出て、近くに古都と言われる場所があればすごく寄りたくなる。
寺社仏閣も好きだし、教会や由緒正しい土地もけっこう好きだ。
長い年月をかけて、たくさんの人たちから愛され続けてきたそういう土地は、やはり魅力的なものなのだ。
もともと魅力的な土地だから人々に愛されたのか、人々に愛されたから魅力的になったのか、、、
わからないけど、きっとどちらもなんだと思う。


だから、両方を兼ね備えた鳳凰にはぜひとも行ってみたかった。


しかし、、、
この場所、日本人にはあまりポピュラーではないのかガイドブックにほとんど載っていないのだ。
私が探せなかっただけかもしれないけど、歩き方にも鳳凰行きのバスがあると書いてあるだけで詳しい街のガイドは載っていないし、他のガイドブックも探したけど見つけられなかった。
しょうがないから、、、ちょっと考えたけど、、




まぁ、、
行けばなんとかなるでしょう!



と、
てきとーに行ってみました。。


結果、、、



なんとかなった!!!


やっぱり!!
人間なんだってできるなぁ〜。。



案の定いっさい言葉が通じないなかだったのだけど、
あらかじめ紙に中国語で
「鳳凰に行きたい」
「ホテルを探しています。」
「いくらですか?」
などと書いて、用意しておいたのが正解だった。


その紙を見せるだけで、ことはうまいこと運び
5時間後には、この旅一番安くてきれいで素敵なホテルに到着していたのだった!


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一泊2000円くらい。
素泊まりですが、部屋はとてもきれいでベランダもあり、目の前には川が流れていてとてもいい雰囲気。エレベーターはないけど、かなり快適にすごせました。


一枚目の写真は鳳凰の近くの田園風景です。
とてもきれいだったので、、
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by galwaygirl | 2011-05-18 22:46 | 旅日記

13億通りの爪先 11 中国ーインタールード


□食べる。食べる。食べる。

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中国人がものを食べるところを見るのが好きだ。

彼らはだいたいせっせせっせと食べる。
まるで、常に食べていないと死んでしまう小動物のようなのだ。
とにかくいつでもせっせと食べ物を口に運ぶ。
一度なぞ、民族衣装を着て客に写真を撮らせていた女子たちが、客がいなくなったと思った次の瞬間いっせいに食べかけていたナッツの袋に手をのばしたので、笑いそうになった。
しかも、おしゃべりしながら和気あいあいとつまむ程度ではなく、無言でひっきりなしに次のナッツを口に運ぶので、その光景はほとんど命がけのような懸命さに見えた。

わたしは最初、そういう光景に出会うたびに、びっくりしてぼーっと眺めてしまっていたのだが、
そのうち自分も一生懸命食べなくては!という気になってくる。
しかし、そういう食べ方に慣れていないので、(油っこいのも手伝って、、)すぐに満腹感を感じてしまってうまく食べられないことがままあった。

やっぱり、実践してみて自分には向いてない、これは見ているだけのほうが幸せだと思った。。。

一緒の食卓に着いてしまうと、なかなか相手の食べている様子をじっと見ていることはできないものだけど、幸いなことに中国ではどこでも誰かしらが食べている光景を目にすることができるので、わたしはひそかによく観察した。。


中国の食事のマナーについてはよく知らないのだけど、あまり音にはこだわらないらしくだいたいみんなくちゃくちゃという音をたてて食べている。
もしかしたら麺類を音をたててすするように、そのほうがおいしいということかもしれない。
それから立って食べることもめずらしくない。
仕事中でも食べたいときに食べる。(いや、これは傍から見てそう見えるだけで本当は何か決まりがあるのかもしれないけど、、)とにかく、店先で立ってお茶碗からごはんをかきこむ姿は、本当によく見る光景だ。
みんなおいしそうに食べている。


ときどき、

それは何? 
と聞いてみるけど、たいていは通じない。
不思議そうな顔されたり、中国語で何か言われたりする。。。が悲しいことにわからなかった。。


ある日、翡翠のアクセサリーを扱っているお店(商品はショーケースに入っていてわりと高級な感じだった。)に入ったときに
すごくきれいなおねえさんが声を掛けてくれて
たぶん、、何か気に入った物があったら、お出ししますよ。。
とか、そんな感じのことを言われたんだと思うけど、

はーい、、って適当に流して見ていたら、、
そのおねえさん、例のごとくお椀をかかえて箸で麺をすすりながら、ぴったり後ろをくっついてきた!
ズルズル、、、ズルズル、、、って、、、

やばい!おもしろすぎて全然ショーケースの中に集中できない!!

という感じで、買い物したくてもできないことも何度か、、、、。


別の店では、入って行ったら
いらっしゃいませ〜。げふ〜っ!
ってすんごいげっぷされたり、、、。


いやぁ〜、ほんとおもしろい。
何度、一人でこっそり爆笑したことか。。


でも、みんな食べることが大好きだ。
若い人たちはすごくスタイルいい人も多いのに、みんなびっくりするくらい食べる。
なんだかそれが、とても愛らしいのだ。
とてつもなく満腹なのに、食べろ食べろと言われるのにはちょっと困ったけど、、逆にもっと食べられたらよかったーと思うこともたくさんあった。

食べることって、不思議だ。
一瞬前まで知らない人だったのに、ものを一緒に食べるだけでたいした会話がなくても友達になれる。
それ自体が一種のコミュニケーションなんだろうな。

それが大好きな中国の人々は、間違いなくすごくフレンドリーな人たちだなぁと思うのだ。
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by galwaygirl | 2011-05-15 21:39 | 旅日記

13億通りの爪先 9 中国ー張家界

□張家界ツアー


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突然、ホテルの部屋の電話がなった。
ハロウ、
と出ると、
たどたどしい英語でしゃべる男の声が聞こえた。
彼はひどく緊張していて、何度も聞き返さないとなかなか理解できなかったのだが、どうやらこういうことらしかった。

私はホテルのフロントのものです。ただ、あなたにひとつ言いたくて、、いいですか、もし張家界の山へのツアーを申し込むつもりでしたら、2日間で600元を目安にしてください。もしかしたら、あなたには少し高い金額を言うかもしれない。そうしたら、値切るようにしてくださいね。さっきあなたがツアー会社のデスクでやり取りしているのを見て少し心配になったものですから。それだけ言いたかったのです。

そう言って、彼は電話をきった。

なんとか、サンキューと言ったけど、私は内心かなり驚いていた。
彼はあまり使えない英語をなんとか駆使してまでも、電話をかけてきてくれたのだ。母国語じゃない言葉で電話をかけるのはかなり勇気がいることだって、私は知っている。
なんて親切なんだろう。。
たった一人の中国語のわからない女を見て、かわいそうに思ったのかもしれない。
でも、、もし私だったら知らない外国人の部屋にそんな忠告の電話できるだろうか、、、たとえ、あぁあの人だまされちゃいそうだな〜かわいそうだな。。と思ったとしても、、できるだろうか。
言葉もろくに通じないのに。

やっぱり、できないだろう。。


どう考えても、その電話をすることで彼に特別メリットがあるわけじゃなさそうだった。(自分の名前も言わなかったのだ!)
それは、純粋にやさしさだった。

私は半ば感動して、ロビーのツアーデスクにむかった。


でも結果、、、、

私はぼられた。。
彼のあんなに親切な忠告があったにも関わらず、、。
払ったお金は800元だった。(1万円くらい)
ばかみたいな話、、なんだか私はいいやって気持ちになっていたのだ。
ひとつやさしさをもらったから、なんだかいいや、、っていう感じだ。。
いや、筋が通らないのはわかってるし、だったらその分あのフロントのお兄さんにチップをあげたほうがいいじゃないか、、っていう話なのだが、、
人類みな兄弟!小さいことは気にしない!!っていう気分になってしまったからしょうがないのだ。。その時だけだったけど。。。

結果はなんだっていい。
私は、心づかいをもらった。

そのことは、私がこの国の人を好きになる理由に十分足りる。
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by galwaygirl | 2011-05-08 23:14 | 旅日記

13億通りの爪先 7 中国ーインタールード

□谷崎潤一郎とベルセバ

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どこに行くのにもかならず持って行くのが本とお気に入りの音楽
最近はiPodができて、たくさんのCDをスーツケースに詰め込まなくてもよくなった。
これは私にとって本当に画期的なことだ!
いっそ、iPadを買って本も音楽もひとつにまとめようか、、、、とも考えるけど
やっぱり本は紙がいい。
旅先で、なんにもしないで本を読むのは私の中で最高級レベルの贅沢なのだが、そのとき紙をめくるのではなく画面をスクロールするのではなんとも貧相になってしまう気がする。
せっかくの贅沢ざんまいが半減するってもんだ。。。


だがしかし、、
今回音楽のほうは失敗した。。
なぜって、、、


うるさいのだもの!!!


街が。



今回私が行った中国は、山の中まですごい喧噪だった。
もちろん観光地の山だったので(この山のことは後でまた書きますが)人が多いのはわかるのだが、、、山に行く途中のどの街も人人人、、、そしてどこもものすごい騒音なのだ。
イヤホンをしっかりしていても、消せないので音楽とまざってしまう。
どうにも集中できないし、好きな音にはまることはできない。。

それで、なんとなくしっくりこないのでほとんど聴かなかった。
ゆいいつ、最終日にホテルの中庭でベルセバを聴いた。
あのどこかむなしさを残す音が、最後の北京によく似合っていたように思う。
私は聴きながら、さびしくても平気だった。


それでも本はよく読んだ。
谷崎潤一郎の「痴人の愛」を持って行ったのだけど、われながらよくこれを選んだと思う。
これはもう北京の雰囲気とぴったりだった。
いや、わからないけどなんかそう感じた。
ナオミという女性の獣っぽさとか、譲治さんの弱さとやさしさのバランスとか、、

なにより小説からただようにおいが北京のそれだった。
今もあの苦しくなるほどのにおいを、この小説を見ると思い出す。


バス停で私が読んでいたら、後ろから小さい子がのぞいて、漢字だけひろって読みはじめた(中国語読みで)ときは驚きましたけどね。。
内容が内容だからどぎまぎしてしまった。
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by galwaygirl | 2011-05-03 21:48 | 旅日記

13億通りの爪先 6 中国ー北京

□歌う人たち

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中国人というのは、よく歌う民族だ。

私は旅をするときに、自分に課していることがひとつだけある。
それはその国独自の音楽とふれあうこと。
音楽のない国というのは、存在しない。
どんな小さな国にも必ず独自の音楽があって、それぞれその国の人のやり方で音楽と接している。
私にはそれがとても愛らしいことであり、興味深いことなのだ。

さて、これについて中国人はどうか。
正直に言えば、中国の人がどれくらい音楽を聴くのか、どれくらいそれを愛しているのか、、まったく想像ができなかった。
私の中で中国の音楽というと、宮殿のような場所で民族衣装を着て演奏される琵琶のような楽器や琴のような楽器のイメージ。みやびな雰囲気のあれ。。
なんだか、庶民の音楽とは一線を画すようなものだった。

ところが、、
実際中国に来てみると、そんなイメージは簡単に覆された。(これぞ、旅の醍醐味。。)
道を歩けば、あちこちで鼻歌や口笛が聞こえるし、ときどきは鼻歌どころじゃなく高らかに歌いながら歩いている人たちも。
公園に行けば、あちこちで小さなグループができていて楽器(だいたいはアコーディオン、ギター、ハーモニカなど、、)のまわりでみんなが歌う。

その歌がちょっといいのだ。。

日本でいえば、歌謡曲のようなものなのだろうか。
ちょっと哀愁を帯びていて、いいメロディ。
アコーディオンやハーモニカと本当によく合う。それに、みんな歌がうまい。
小さい頃から歌っているのか、いい声を持っているのだ。


ちょっと楽器ができる人が、ポロンと弾きだすとたちまち人がちらほら集まってきて歌がはじまる。


こんどはあれをやってくれ、おれはあの曲が好きなんだ。
なんて言ってリクエストしてみたり、、
知らない人どうしが集まって、君の声はいいなぁ、、あのギターもうまいぞ。。
なんて褒め言葉がとびかったり、、、
(全て中国語なので推測ですが、、、)

みんなそれぞれが音楽が好きだという気持ちがすごく伝わってくる。
そしてちょっぴり自分の音楽を人に見せたい。自慢したい!という気持ちも。。。


その人間くささ。
それは必ず生きることに花をそえる。


こういう音楽!
これがリアルな音楽じゃないか。
誰もが歌いたいときに歌い、奏でたいときに奏でる。
それを聴いてまた力をもらう。
それがすぐそばにあるという現実。

音楽は誰でもできる、誰でも楽しめる、誰でも力をもらえる。
それは普通のこと。


私はそんなあたりまえのことをあたりまえに体験している、北京の人たちに何かうらやましさを感じつつ、輪の中に入って手拍子を打ったのだった。
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by galwaygirl | 2011-05-01 16:25 | 旅日記

13億通りの爪先 5 中国ー北京

□相席の北京ダック

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食べ物の話をまだしていなかった。
見知らぬ土地を旅していて、まず楽しみなのは食べることじゃないだろうか。

北京で北京ダックを食べないなんて、
インドに行ってインドカレーを食べないのと同じだ!


そう強く思ったので、夕方ぶらぶらと北京ダックを食べさせるお店を探した。
有名店はいくつかあって、その中でも超有名店の全聚徳焼鴨店(ぜんしゅうとくかおやーてん)が近くにあったのだけど、店内は広大で大きなテーブルがずらーりと並んでいてはじっこも見えないほど。。おそらく、ツアー団体客が山のように来てもさばけるのだろう。
私がどれほど図太くても、ここで「1人です。」とはなかなか言えないわけで、、。
広大なテーブルにひとりぽつんと座って、山盛りのダックを(一人ぶんというのはたぶんないだろうから)むしゃむしゃ食べるという気分にはちょっとなれなかった。。。

そういうわけで、近くにあってわりと庶民派な店を探した。

店は簡単に見つかった。
なんせ、北京。
北京といえば北京ダックなのだ。。
やはり、北京ダックの店はそこいらじゅうにあるのである。
その店のダックが一枚目の写真。
日本の中華料理店で何度か食べたことがあったのだけど、正直に言えばおいしいと思ったことがなかったこの料理。春巻きの皮みたいな皮にダックと野菜をのせてくるくる巻き、甘い味噌のようなソースをつけて食べる。
食べてみると、今まで食べたものとは全然違っていた。
鴨がパリッとしていて、肉汁もじゅわーっと溢れてくる。うまい!

もくもくと食べてしまった。

さて今、?と思っているかたも多いかと思います。。
北京ダックの向こうにたくさん料理がのっています。
そして、2枚目のおじさんたちはだれでしょう??
???


実は、ひとりで食べているとほとんどが相席になる。
特に夕飯どきは混み合う店が多いので、別に確認されることなく当然そうなる。
このおじさんたちも、ちょうど私がダックをたのんだ後に入ってきて、同じ席に通された。
同じテーブルに座れば、それはもう無視するわけにはいかないもんで、、
なんとなーく会話がはじまるのだ。
でも、やっぱり言葉は通じないので筆談と身振り手振りの会話。

最初に私が紙とペンを取り出すと、みんなびっくりする。
言葉を書いて伝えることができるのは、日本人くらいなので実際めったにないことなんだと思う。
でも、いくらか通じることがわかるとこの新しいコミュニケーション手段にだんだん夢中になってくる。
なんせ、まったく違う言語を話しているのに、文字を通して伝えることができるのだ。
受け取る感情もいつもとは違うものになってくる。
それは私としても同じことで、筆談で会話しているだけで少し心が通じ合ったような気がしてうれしい。


このおじさんたち、最初は相席を嫌がっているようだった。
それなのに、ぽつりぽつりと会話していくうちにテーブルのいっぱい並んだごはんを勧めてくれ、ビールを勧めてくれ、、、もう一緒に飲んで食べている仲間に、、、。
何度乾杯といってビールを飲み干させられたか、、、。(中国では乾杯したあと一気に飲み干さなければいけないらしい。。)
最後はみんないい感じに酔っぱらってしまった。

日本人は好き?と聞いてみた。
彼らからは、好きじゃない。との返事。。
がっくり、、、していたら、でもあなたはいい人だ。あなたは好きだと言われたので少しほっとし、
私は中国人が大好きだと言ったら、ふたり満面の笑顔で笑った。

それで、気をよくしたのか
私の北京ダックもお会計してくれていた!
なんてお礼をいったらいいのか、私は見知らぬ人に北京ダックをおごってもらってしまったのだった。
でも彼らは私があんなに感動したダックについて、
ここのは最低ランク。全聚徳のものが素晴らしいと何度も言うのだった。。。

なんということだ。
次回、北京に行くときには誰かと一緒に行って、必ずや全聚徳の北京ダックを体験したいと強く強く思った。


店を出て、歌を歌いに行かないかとカラオケにさそわれたけれど、
私はカラオケが苦手なのと、昼間の観光でへとへとに疲れていたので、お誘いは辞退する。
でも、ちょっと中国のカラオケがどんなもんなのか見ておけばよかったなぁと今思う。

また、いつかどこかでばったり相席になれたら、そのときは一緒に行こう。


再見!
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by galwaygirl | 2011-04-29 20:54 | 旅日記

13億通りの爪先 4 中国ー北京

□三輪リキシャの話

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三輪リキシャという乗り物をご存知だろうか。
自転車の後ろに人が座れる座席のついた荷台があって、車輪が両脇についている。
昔は移動手段として使われていたのだろうが、今は観光客向けのちょっとした乗り物だ。
だいたいはおじさんが自転車をこいで、目的地までつれていってくれる。
アジア各国で見られるこの手の乗り物だけど、残念なことにトラブルが多いことでも有名だ。
中国の三輪リキシャも例外ではなく、ガイドブックにもなるべく旅行会社が手配したものを使うようにと書いてあった。

このトラブルというのがなんなのかというと、
だいたいはぼったくりや、伝えた場所にたどり着けなかったというようなもので、ささいなものである。

ぼったくりについて少し自分の思うことを書く。

私はこの「ぼられる」という感覚はすごく都市型の考え方だと思う。
それは定価という考えに基づいているから生まれる発想ではないか。
そもそも定価という概念がない場所では、ぼるという感覚も希薄なのだと思う。
いつもより高い値段で売れれば、それは自分の販売力だし、買う方もその値段で納得したから買ったのだ。つまりはそこにそれだけのお金を支払う価値があると認めただけということ。
考えてみればすごくシンプルな物価の基本。お金の価値も日々変わるのだし、物の価値も人によって変わるのは自然じゃないだろうか。

とはいえ、あとあともっと交渉すればずっと安くなったのに、、、ということがわかればもちろんくやしいですがね。。
でもそれは、自分の交渉能力や物を見る目がなかっただけというお話だ。。


とはいえ〜、、、
慣れない海外では物価もわからないのは当然だし、まったく価値もないものに高いお金を払ってしまうことはよくあることだと思う。
私は思うのだけど、それでも思い出に残る楽しい買い物ができていたらまあよいではないか、、と。
そのときの思い出や、交渉時の楽しかったやりとりも含めての値段だったのだと思うことにしている。

そのほうがずーっと残るのだ。自分の中に。


ということで、
三輪リキシャ。
乗りました。。

写真は座席から撮った、おじさんのうしろすがた。
胡同(フートン)という伝統的な家屋がたくさん並んでいる街を散策する、1時間くらいのコースで180元(2300円くらい)でした。
今思えば、やはり高かったかもしれない。でもそのときはどこをどのくらい回るのかもわからないし、乗った場所から胡同は少し離れていたのでそんなものかなぁと思った。

乗ってみたら、なかなか快適で風が吹き抜けていくのが気持ちいい。
ゆっくりゆっくり進んでいく自転車の速度は、せまい路地が入り組んでいる胡同を堪能するには最適で心ゆくまで楽しめた。
おじさんもときどき振り返ってはいろいろ説明してくれる。
中国語なのでそのほとんどは理解できないが、身振りなども交えて話してくれるので、見ているだけでも楽しかった。
それから、おじさんは自転車をこぎながら口笛をふいた。
その音はせまい路地の塀に反響してとてもよく響いたし、メロディは哀愁をおびていてまわりのレトロな雰囲気と本当によく似合っていた。

私は、後ろでひとりとても幸せだった。
なんて贅沢な時間だろう。
今でもあのおじさんの笑顔と、口笛の音色は私の中でなにがしかの感情を持って浮かんでくる。


旅先では、たくさんの人との出会いと
こういう時間が私の一番大切な思い出となる。
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by galwaygirl | 2011-04-27 11:37 | 旅日記