<   2012年 11月 ( 3 )   > この月の画像一覧

デトロイトへの招待状6

d0160944_0114387.jpg



タリホの家には真っ赤なハープシコードがあった。
それだけではなく、チェロ、バイオリン、ギターに、フルート、バンジョー、なんとバウロンまであった。(アイルランドのまるい太鼓)
家族全員が音楽が好きで、食後にみんなでセッションしたりするのだという。


なんて、なんて理想的なんだろう、、
と思うと同時に、ほんとか?!という疑問ももちあがってくる。
私の中で家族って、もちろんなくてはならない存在と同時にめんどくさく、恥ずかしい存在なのだと思う。なぜならそれがまっとうな思春期をくぐりぬけてきた人たちが感じると思われる、家族への愛だからだ。
いくら国が違うからといって、年頃の男の子たちが進んで家族とセッションをするというのだろうか、、。




否、するのである。。


まったく仰天だ、彼らは多少はにかみながらも、楽器を手にとり演奏し始めた。
私はケーキを食べ、パパが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、どこまでも音楽を堪能したのである。お客をもてなすということは、本来こういうことなのかもしれないとふと思った。
もちろん、音楽をかきならす必要はないのだけれど、手作りのごはん、きちんと淹れたコーヒー、あたたかい演技。
人の手から、体から直接歓迎されている気がした。

いったいそういう経験ていうのは、忘れられないものだ。


一生のうち、いったい何回そんな忘れられない経験があるというのだろう。
数えるほどかもしれない。

でも、それでも一度でもそういう経験ができたことを、本当に幸せに思った。

ふと見るとママは台所とリビングを行ったりきたりしながら、でも忙しそうじゃなく、どこかゆったり笑っていてふと演奏に参加してみたり、、子どもたち3人はパパに従いつつ、それぞれ好きな楽器を手にとりどこか得意げでもある。でも何より一番得意げなのはパパで、家族に誇りを持っているのがよく感じられた。
そして、タリホはハネムーンだ。
家は、タリホの不在を主張しつつ、どこかみんなそれは自然なことなんだと納得させるようにすべてが動いていた。とどこおりもなく。

こじんまりした庭では、木のブランコが風にゆれていた。
わたしは、”ここにいた”という記憶をしっかりと持ち帰るために、ずいぶん長い間それを見ていた。


d0160944_0355816.jpg





そしてわたしたちは、なんどもありがとうとさよならをくり返して、シカゴ行きのバスに乗った。
[PR]
by galwaygirl | 2012-11-30 00:49 | 旅日記

デトロイトへの招待状5

d0160944_22303150.jpg




翌日、デトロイト最後の日。
タリホのママとパパが私たちを教会へ連れて行ってくれた。
そこは私たちが普通思い描く、あの尖塔のある石造りの荘厳な建物ではなく、なんのへんてつもない学校のような場所だった。
昨日結婚式がおこなわれた場所は、やはり結婚式用に借りた特別な教会であって、いつもの教会はこっちなのだという。
わたしとしては、建物の空気感などがそれらしいと ”神様っているかも〜、、えへ。” なんて思えてきてしまいそうだし、音楽も神父さんの声も素敵に感じるのになぁなんて思うのだけれど、そんなのは邪道の極み、思考も信念もゆるみきった人間の考えで、心から信じている人たちには何も必要ないってことなのかもしれない。
神父さんの話は、もはや宗教講義で大学にでもはいりこんでしまったような錯覚を覚えた。
さらに、衰えまくっているこの英語力をもってして、まったく太刀打ちできない彼のまくしたてる早口のうえ専門用語ばんばんでてくる聞き取るのも無理、単語もわからないなにもわからないちんぷんかんぷんのこの状態。。

母はすでに寝ていた。。

わたしもはなからあきらめモードだったのだけど、となりに座っていたパパ(デレク)が要約して教えてくれた。
それでわたしもいろいろ質問したりして、興味深い時間をすごすことができた。
それは、聖書の読み方についての講義だったようだ。
そのまま読んでも特に意味は得られない、言葉に隠された本当の意味についてよく考えなさいと言っていた。読み方にもいろいろなパターンがあるので、それについてもひとつひとつ説明がなされていた。
デレクは執拗に「つまりはシンボリックなんだ」と言い続けていた。
「結婚」・・・
それについても同じであると、彼は昨日も言っていた。

「シンボリック」という言葉がこの場合どういう意味になるのか、よくわからなかった。

デレクは根気よく、何度も、何度も説明してくれたのだけど、わたしにはぼんやりとしか形を成さず。
そして、いくらかみくだいて説明されても、それを本当に理解することは不可能なのだということにも、わたしはうすうす気づいていた。

わたしにはできない。
”何かを心から信じている人”に、わたしはもともと異様な関心があり、尊敬もし、あこがれる気持ちも持っている。
だから人と宗教の話をすることが、とても好きだ。

数あるガイドブックには、その土地土地で宗教の話はしないほうがよい、タブーであるなどと書かれているが、わたしはする。
進んでする。
”信じる”ということは、そうなまやさしいことではない。全身全霊をかけてやらなければならない。いや、そう大げさなことでもないかもしれないが、すくなくとも半身半霊くらいはかけねばならぬ。。
つまりは、その人自身が多分に入っていることなのだ。
考え方、感じ方、好みや愛情のかけかた、、それはもう生き方ということだろう。


わたしの中のルールはただひとつ。
”否定をしない”
ということ。

それさえ守れば、まず問題になることはない。
みんな自分の信じているものの話は進んでしてくれる。
なぜならそれは好きなものなのだから。


わたしはデトロイトまで来て、彼らとそういう話を真剣にできたことをとても幸せに思った。


理解できなくても、いい。

きっと”何かを知る””それがあることを知る”っていうことが、とても重要なんだと思う。



長い講義を終えて、母も起きた。
私たちはタリホの家にお昼を食べに行くことにした。








d0160944_22291279.jpg

[PR]
by galwaygirl | 2012-11-09 22:40 | 旅日記

デトロイトへの招待状4

d0160944_21475887.jpg



久しぶりに会ったタリホは、とても幸せそうで。
とても、とても幸せそうで、、

それだけで、私はもう胸がいっぱいになった。


結婚式はすべて手作りで、たくさんの人たちが彼らのために走り回っていた。


飾り付けや、料理、ウェディングドレス、写真のソープケーキ(タリホがつくった石けんで作られたケーキ)
それから兄弟たちが作曲した二人のための歌。これが本当にいい歌だった。
司会、ダンス、音楽、、すべてが人々の手で作り上げられていて、それもみんな心の底から二人を祝福したいという気持ちから自主的にやっていることがわかった。
だからみんな生き生きしていたし、当日幸せそうなのは二人だけではなかった。
呼ばれている人たちみんなが顔をほころばせていて、みんなが気持ちよく食べて飲んで、踊って歌っていた。

あぁ、ほんとうにここに来れてよかった。

芝生が太陽にむかってまっすぐにきれいで、そばに立つ大きな木からはきらきらと木漏れ日がおちていた。
子どもたちが走り回る。
大人たちもはしゃぎだす。
バンジョーの音。
青年たちはちょっぴり得意げにはたらく。


祝福されたふたりは、みんなに見送られながら小さな車にがらんがらんと空き缶をぶらさげて、1泊2日のハネムーンへと旅立った。


出発前のブーケトスのとき、タリホは私にウインクし、
「ナナミがこの花束をとるのよ。そっちになげるから!次に結婚するのはあなた。そして私を日本によんでね。」
そう言って、みんなとの挨拶をすませブーケをなげる準備をした。

私は元来そういうものを自らとりに行くのが苦手であって、いつも呼ばれると後ろのほうにちいさくなって動きもしないたちであった。
が、そう言われてしまったら前に出て行かないわけにもいかない。
しかしながら、面目ないが、わたしは純粋に運動神経のほうもさっぱりなのである。。
だから、がんばるけどとれなかったらごめんね。。と必要以上にどきどきしながら真ん中らへんで待った。

タリホは本当にこちらにむかってなげてくれた。
花束はきれいに弧を描いて私の頭上斜め後ろのほうにおちて行った。
のばした手をかすりもせず、、
結果5歳くらいの女の子がキャッチ。
みんな次はおまえか〜と笑い合いながらの解散となった。

花束はとれなかったけど、タリホは顔中で笑ってくれるだろう。


だんなさんのサミュエルも笑顔の素敵な人だった。


この日たしかに思ったことがあった。
(ふたりの笑顔はみんなを幸せにする。)
きっと結婚式という特別な日だけではなく、ふたりならこれからもきっと笑顔でやっていくんだろうな。
だから、わたしはいつかまたタリホの家族が増えたら、幸せ大家族に遊びに行こう。
その日を今、本当に心待ちにしてる。



HAPPY WEDDING!! Tariho and Samuel!
[PR]
by galwaygirl | 2012-11-02 22:24 | 旅日記