カテゴリ:日常の旅日記( 121 )

「たまたま」

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「たまたま」という映画を見にいきました。
蒼井優さん主演の、全編アイルランドロケで、、
音楽も高木正勝さんとシガーロスというかなりつぼを得たもの。。

であるから、行かないわけにはいかない映画だったのです。


渋谷パルコの映画館。
見終わって、
わたし

えんえんと泣きました。。


何時間も何時間もひたすらずっと泣いてその夜をすごしてしまいました。
そばにいた恋人は、とてもこまったと思います。

でも、とまりませんでした。


きっとそう言われてこの映画を見ても
いったいどこでそんなに泣けるんだい??
っていうことになると思います。


でも、私の中のとげとげにすごくしみてしまった。

アイルランドだったことも大きかったのです。
そのドアの重さ、そのイスの質感、ちゃちな窓ガラス、小さな店のおじさんと突然はじまるサッカーの話、、ぬれた草、岩、、、、
そのひとつひとつが感覚として、伝わってきてしまう。


それは、たくさんのさよならを思いおこしました。
つらかった。
アイルランドで、、、そして帰ってきてから、、
たくさんのもう2度と会えないさよならがありました。

それは、
とてもかなしくて
ほんとうにとてもかなしくて
わたしの中はからっぽになりました。


毎日いそがしくて
わたしはしばらくその空洞にてきとうなものをつめこんで
しらないふりをしていたけれど、、




やっぱり、からっぽのままだった。



そんなことに気付いてしまいました。




映画はあったかくて、とてもやさしくて、、
わたしは子供みたいに、泣くことしかできませんでした。




とても、いい映画。

音楽もすばらしかった。



私は、もう一度見にいこうかと思っています。
また子供みたいに泣くことになっても、、、




でも、、、、
恋人をつれていくのはもうかわいそうだから一人でいくことにします。





写真はアイルランドのどこかのみずうみで、、。
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by galwaygirl | 2011-11-05 22:41 | 日常の旅日記

モボモガ御用達。

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浅草をぶうらぶらしていて
ちょっと素敵なお店を発見しました。

東京蛍堂さんです。


写真はわかりずらいと思いますが、エントランス(というより玄関口?)にいらっしゃった小鳥さんです。
見た感じ生命はありません。。
が、かわゆくでむかえておられました。


入り口はとってもわかりずらく、建物と建物の間の路地を入っていくと
そこだけ、昭和のままときが止まってしまったかのような一軒家が出てまいります。
そこが蛍堂さんです。
路地の入り口には「モボモガ御用達」と書かれた看板がありました。


最初おそるおそる玄関からのぞいていみたのですが、
誰もいない。。
中からはわりと大きなヴォリュウムで歌謡曲を流したラジオがかかっています。

「こんにちはぁ〜」

「・・・・・・・」


「だれか、いませんか??こんにちはぁ〜!」


何度目かでやっとお店の方が奥からトコトコでていらっしゃいました。


店主のおにいさんもとても雰囲気ある方でした。
昭和時代にいたら、なんてハイカラな方だったことでしょう。。

「あ、いらっしゃいませ。どうぞゆっくり見て行ってくださいね。。」


と静かにまた立ち去られました。


だから、ゆっくり見て回ることに。
店内はアンティークの雑貨を中心に、レトロな洋服や着物などがところせましとおいてありました。
でもけっしてただごちゃごちゃしているわけじゃなく、そこには何かしらのリズムがあってぐぐっと惹きよせられてしまいます。
小さなブローチとか、ネクタイピンだとかきれいなボタンだとか見てるだけでもうっとり。
古い一軒家を改装して作ったそうで、いくつかの小部屋にわかれていました。
それぞれBGMが流れていてとなりの音がまざったりもするのですが、どれも古い音のもので統一されていて、決して耳障りではないのです。
それどころか、部屋を移るたびに違う空間、違う世界が展開されていて、それが屋根裏部屋や地下倉庫のような雰囲気だったり、、


なんだか、わたくしすっかりもうモボモガの気分なのです。


おにいさんは、ときどき出ていらっしゃって説明などしてくれます。
古いものを全国から集めていらっしゃるそうですが、こだわっているのは時計やライトなど古くてもきちんと使えるようにすることだそうです。


その品物へのこだわりに愛を感じて、素敵でした。


浅草に行ったらかならずまた足をはこんでしまいそう。。



でも、なんだかもう二度と入り口が見つからないんじゃないかしら。。。
そんな気がしてしまうお店なのでした。。
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by galwaygirl | 2011-10-23 23:12 | 日常の旅日記

栗をひろう。

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気がついたら
ほったらかしの
ブログでした。。


見にきてくださっていた方々
すみません。。
しばらく更新滞るかもしれないですが、
ぽつりぽつり続けたいと思っています。




さてさて
毎年恒例となってきた
栗ひろいなのです。

今年もそんな季節です。

今年はお友達をよんで
せいだいにひろいました!


と言っても、、
実際はふたりでしっぽりとひろったのですが。。
今年は去年よりも数が少なく、
あっというまにひろえてしまって
なんだかあっけなかったです。

でも、去年よりも
大きくてりっぱな栗です。


これは売れそうなしろものだ!と感激しました。



そんな栗をひろっている最中に奇跡が。

近所のおばあちゃんが
「あんたんとこの栗でつくってみたわよ!食べてみて。」
って
栗のケーキを焼いてきてくれました。


わお〜
私たちはこのめんどくさい栗を調理しなくても食べられるのですね。。

なんと3分クッキングのような
ミラクルさ!
(さぁ、今からオーブンで1時間じっくり焼き上げますよぉ。でも今日は時間がないのでここにできあがったものがあります!じゃーん。ん〜おいしそう!)ていうあれです。。


ということで、ひろった栗はお友達にお土産として持って帰っていただくことにして
今日は栗のケーキと白ワインでかんぱいしました。
なんとその次の日がそのお友達のお誕生日だったので、お祝いができたのでした。


誕生日ってやっぱりいくつになっても うれしいもんだ。




おめでとう!
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by galwaygirl | 2011-10-22 19:57 | 日常の旅日記

秋の夜長

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秋はよふかししたくなります。

夜がきれいだからだろうか。
夜風が気持ちいいからだろうか。
月がわりと明るくて、その下で本が読めるからだろうか。。


どれもそうだという気がします。


私はふだん
何かをしながらもうひとつのことをするということは少なく
たいていはひとつのことにとらわれてしまうタイプなので、、(というかふたつのことがいっぺんにできない超不器用なタイプなので。)音楽を聴きながら本を読むということはまずない。
たいていは音楽にとらわれてしまって、本に集中できないからその本はもう一度読むはめになるのです。。

でも、秋の夜は。
よくばりな気がむくむくとわいてきて
どうしても両方ほしくなってしまいます。。


そこで、考えてみました。


ジャズなら、、
と思っていくつかためしてやってみると数回に一度はわりといけることがわかってきました。
なんでもいいわけじゃなくて、あまりアクの強くない、あまりリズムが踊りださない、なおかつしっとりもしすぎないころあいのジャズがよいらしいのです。
それにぴったりなのがアートペッパー。
"The Artistry Of Pepper"という1枚しか持っていないので、他のアルバムはどうかわからないのですが、リズムもほどよくメロディやアレンジもとってもスムースで心地よいのです。
彼のアルトサックスの音も非常に深くやさしくて、秋の夜にぴったり。


最近はそれを聴きながら、お香をたいたりして
本をよんでいるので、耳も目も鼻も脳みそもフル活用して夜を楽しんでおります。

不器用なわたしには、新境地と言ってもいいかもしれませんなぁ。。


アートペッパーだけだとあきてくるので、またいいのがないか探し中です。
トロンボーンもいいよね。
カーティスフラーはもっていないので、買ってみようかな。。


物欲の秋でも あるようです。。
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by galwaygirl | 2011-10-04 21:58 | 日常の旅日記

ヤン&エヴァ・シュヴァンクマイエル展〜映画とその周辺〜

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「ラフォーレ原宿」
そう聞いただけで、げんなりした顔をした
私の恋人をむりやりひっぱって行ってきました。。


どうしても見たかったのです。
そして、もうすぐ終わってしまう。。


展覧会などは、終わりが近くなるとどうしても見たくなるものでして、、
たいていはそのまま行けないことが多いのですが、今回はこのように人1人の感情を犠牲にしてなんとかことを成し遂げました。。



結果、本当に行ってよかった。
中は血のにおいが充満しているかのような、むんむんとした生命力、エロス、妖艶さに満ちていました。
骨や毛皮や目玉など、動物的なものをたくさん使っているのだけど、その中にときおりボタンやフォークなどとても無機質なものがコラージュされていて、それがひどく艶かしい。
ぎらりと光って、そのものに命があるような顔をしていました。


つきつめて考えれば、すべてのものはエロスにつながっていく、もしくはエロスからつながっているというのは本当だと思うし、何をするにしても抜きには考えられないものなのだと思うけど、だからっておおっぴらにどうどうとしてしまえば、それはもうエロスではないわけで、、


生命というのは、ひどく怪しげで痛々しくてもろいもんなんだなぁと実感。
そして人間はみんな変態なのだ。。
生きるということ。そこに、ぜんぜんさわやかさはないのだ。


公開中の映画「サヴァイヴィング ライフ」もかなり独創的でおもしろそうでした。
しかし、ヤンの頭の中ってこんななのか、、、
そうとうにアヴァンギャルド。
70代のおじいさんだけど、常に創り続けているんだろうな。
ぜんぜん守りに入っていない姿勢に本当に感動しました。


最後に見た小泉八雲(ラフカディオハーン)とのコラボ
「怪談」の挿絵にはかなりやられました。
なんて前衛的な妖怪だろう。
こんなのは見たこともないし、妖怪というのは妖艶なものですが、これは妖艶というか、、非常にエキセントリックで惹きつけられました。



しぶしぶだった恋人も、とても楽しめたようでよかったです。。


映画も見に行きたいな。
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by galwaygirl | 2011-09-13 14:49 | 日常の旅日記

蜻蛉-とんぼ-dragonfly

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トンボ-Dragonfly
なんでそういうのか、知らない。
ドラゴンに似ているわけでもないと思うが、、
逆にタツノオトシゴはやはり竜だろうと思うのだが、あれはseahorse (海馬?)という。。外人の考えることはときどき私たち日本人には難しいときがある。。


さて、秋の風物詩のこの蜻蛉
どちらかというと、いいイメージが多い気がする。
赤とんぼやオニヤンマは見るとなんかいいことがあるような、、そんな気もするし、秋の空にとてもよく似合うというか、いい雰囲気がでるからかもしれない。


そんな蜻蛉が2匹、ある日私が乗っていた電車の車輌に入り込んできた。
田舎の電車にはよくある光景である。

突然入り込んできて、バタバタと飛びまわる蜻蛉にパニックする人もいなく、のんびりとした空気がかわらず続いていた。


しかし、2匹の蜻蛉の明暗はこの後はっきりとわかれることになる。

二手にわかれた2匹の蜻蛉のうち、1匹は若くかわいい女子2人組のもとへ。
もう1匹は熟年夫婦のもとへ。。


意外なことに、意外な結果になった。。
若い女子のうち一人はかわいそうに思ったんだろう。バタバタとあばれる蜻蛉をやさしくそっと包み込み、外に逃がしてあげた。
蜻蛉は何事もなかったかのように、すい~っと秋の空へ飛び立って行った。
こちら明暗の明のほう。。


さて、、
暗のほうのもう1匹の蜻蛉だが、、
熟年夫婦のおじさんのまわりをバタバタととびまわっていた。
おじさんはちらりと一瞥し、ほんとうに突然手で握りつぶし、床にたたきつけた。

くしゃっ ぴしゃりっ!


ってな具合、、


あっという間にきっと羽化したばかりであっただろうその短い生涯を終えたのである。。



あまりの、突然のことに
思わず、
「えっ、そんなっ!」

と声をあげてしまったが、

おじさんはこちらを見て
にやり。としただけだった。。



わーお。





しかし、私はあのおじさんを責めたかったわけではない。
私にはその資格がないのはわかっているし、(昨日ゴキブリの子を一匹殺しましたし、今朝は蚊もやってやりました。。同じことです。)


ただ、私はまったく同じように同じところに入ってしまった2匹の運命が、ささいなことで一瞬にしてまったく違ってしまったということに、恐ろしさを感じてしまったのだ。


人の人生も、本当に同じだと思う



ささいなことによって、まったく違う人生だった可能性もあるし、これからだって何がおこるかわからないし、何がおこっても不思議ではない。
(特に宇宙のことを知ってしまった今、突然透視ができるようになったとしても、、突然ゆびさきから音楽が流れだしたとしても、まったく不思議じゃないように思うのだ。。)


そして、災難を完全に防ぐということは、まず無理なのであるから、だとしたら最小限にとどめる努力と、、、最後はあきらめじゃないか。。



人生あきらめが肝心とは、本当かもしれない。
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by galwaygirl | 2011-09-05 11:39 | 日常の旅日記

初秋、宇宙、愚考、、

秋ですね。
もう、秋です。

いや、もう9月にはいりましたから、、
誰がなんといおうとも、秋なのです。。


しかし、衣替えする気にはまだなれないですね。。
朝、晩はすっかり秋めいてきましたが、まだまだ暑いです。
そして、9月は残暑がモーレツだそうです。

だからといって、ぺたんこのつまさき全開のサンダルですとか、、
リゾート系のすずしいワンピースなどは、着ているとなんだかもうふわふわと行き場を失ってくるのですよね。。
Tシャツはまだいけるか、、。生足は、、??
などなど、考えることがたくさんある季節です。


読書の秋とか、秋の夜長とか、、、芸術の秋とか、、、、すこうし頭を使いそうなことを秋にすることになっているのも、そのせいでしょうか。。


私は今年は
宇宙の秋!ということにしたいと思います。


たぶん、一般的によく知られていることですら、私にとってはまったく知らなかった「無知の世界」なのですが、、ニュートンの30周年記念号を読んで、そんなところまでわかっているんだ!!ってまったくこうふんしました。


ご存知でしょうか、、
「宇宙」の「宇」という字には空間という意味があって、「宙」という字には時間という意味があるということを。。
じっさいに137億光年というはてしもない遠いところまで宇宙の空間が確認できているのだそうです。そしてそれは同時に137億年というはてしもない遠い過去の時間にさかのぼってしまうということで、、

私は今まで漠然としたイメージとして、とても未来的な象徴が宇宙だったのですが、この目で見ている星空は全て歴史だったということを、あらためて知ることができうれしく思いました。

そして、この体、いつも座っているイス、食べている白いごはん、お気に入りのあの靴、こないだ着た浴衣、庭の雑草、ねこのちゅう太、読みかけの本、買ったばかりの写真集、、、とにかくこの愛すべきくるった世界の全てのものがあの星々からできているんだってこと。
星が爆発して、地球ができて、いろんな物質から生命が誕生して、、、そうなるとこの意識ってやつはなんだ?意識があるから自我が芽生えて、、欲が生まれ、愛も生まれるんだ。。
この意識も星からできているのかしら。。


やはり秋はいろいろと考えることが、多い季節のようであります。。
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by galwaygirl | 2011-09-03 23:30 | 日常の旅日記

夏休み最終日の憂鬱

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もう永遠にやってこないこの夏の終わりに さようなら。













(夏休みなんて私にはなんの関係もないのだけど。。)
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by galwaygirl | 2011-08-31 23:50 | 日常の旅日記

幸田文「きもの」を浴衣で語らう。〜人生初の読書会参加〜

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幸田文さんの「きもの」という本を読んだ。
はじめて読む作家さんで、恥ずかしながら”こうだふみ”さんと読むんだと思っていたくらいだった。(正しくは”こうだあや”さん)

読み始めてすぐに、その日本語の美しさに圧倒された。
なんていう言葉の選び方なんだろう。。
完璧に近い美しさをたもちつつ、堅苦しくなく文章そのものが生きている。
ときおりユーモアも感じるそのセンスは、本当にすばらしかった。

本を読むとき、ストーリーそのものよりも
その言葉の選び方や、文章そのものにぞくぞくしてしまうたちなので、
読んでいて、心臓を打ち抜かれること多数。

それは、なにかたとえたい、、、うーん。。
それはまるで、、、、まるで、あまり奇抜なことはせず、やっている曲も定番のスタンダード。
流れるビルエヴァンスのような繊細なピアノトリオのライブ。
でも、一見手堅い3人の掛け合いは微妙なところで変化し続けていて、ときどきドキッとするようなフィルインでしかけるドラム。ベースは寡黙なふりして、そのリズムはキワどい。
そんな3人の緻密でハイセンスなやりとり。そういう感じ。。。かな、、、、


あ、だいぶ話がそれてしまった。。すいません。


とにかくそんな、だいぶわくわくする展開だったのだ。


内容は明治時代の終わり頃、きものの着心地や日頃見過ごしてしまいがちな小さな、でも大切なことにひとつずつ目をむける主人公るつ子。よき祖母から、家族から世間からいろんなことを学び成長していくさまをきものを通して描いた話。着るということについて、人生において所作の大切さを教えられます。

登場人物が本当に魅力的だった。
純粋で繊細な主人公るつ子とありえないくらい意地の悪い姉2人、完璧に悟りの境地のおばあさん。
もっとも生身の人間らしいお母さん。駄目色おとこのお父さん。。そんな家族のはざまで、まったく色の薄いお兄さん。など、、

とくにおばあさんのキャラクターは本当にかっこよくて、こんな人が一家に一人いたら地球は完璧に平和になると思った。
そのおばあさんの台詞がまたかっこいい。いくつかかなり胸をわしづかみにされたものをご紹介します。

・「いい気分だったろ。好きな着物がきられて。多分、一生おぼえてるだろうし、いつ想いだしても、はじめて気に入ったものを着たときのことは、いい気持ちのものだよ。」(はじめて自分で反ものを選び、着物をつくったるつ子に、おばあさんが言った言葉)

・「威張るには威張るだけのことをしなければならないし、それがわかると人間がふっくり炊きあがってくるからねえ。」(姉が嫁にいった後で、突然家の中で幅が広がってきた次女のことをるつ子に説明した言葉)

・「しっかりしていておくれ。地面がゆさぶられたということは、暮しも揺れたし、身も心もたわいなく動いちまうってことなんだよ。」(関東大震災のあと、しかたなしに足袋などを売って暮らしていたときに、ついそれがおもしろくなって、蓮っ葉になってきてしまったるつ子をしかった言葉)


とくに3番目はこの東北の大震災で、ゆれたときに自分自身がとても感じていたことだったので、ばしっと言われて、はっとした言葉だった。
こんなおばあさんがいたら、、と誰もが思う人だと思う。



そして、お母さんが心臓の病で床に伏し、急にすっと逝ってしまったときのあの3行ほどの描写。
とても静かで、ついさらっと読み流してしまいそうになり、えっ!と思ってもう一度読み直した。
そのくらいの静寂だった。
でも、人が死ぬときってきっと本当にそんなふうに静かなんだと思う。
それまで苦しんでも、最後の最期はすっと静かにいってしまう。


みょうにすごくリアルで、読むのがつらかった。


きっとこの本は、私にとって特別な1冊になると思う。
きっとあまり読み返すことはない。
でも、ずっと大切に持っておきたい本。

そういうものに おそらくなるだろう。



なぜ、この本を読んだのかというと
最近入会した猫町倶楽部というところの読書会に参加するため。
とても大きな読書サークルで、会員数も延べ5000人!?というところ。

参加資格は、課題本を読了することとドレスコードに准ずること。
今回のドレスコードは浴衣!
かなり緊張してなれない浴衣を着て、参加しました。
でも、浴衣を着ることで本の世界に少し入り込めたような気がして、それがとてもよかった。

会場には70人近い人たちがいて、もちろんみんな浴衣。
なんて華やか。
男性も女性もみんなきれいで、見とれてしまうほど。
そんな人たちを見ているだけでも楽しかった。

小さなグループにわかれ、きものについて話し合う。
みんな、すごくよく読んできていて関心するばかりだった。
私は自分の話のへたさに、辟易しましたが、、でも出会ったばかりの人たちと本について話すなんてことまずできないことだし、本当に楽しかった。

さて、ベストドレッサー賞なるものがあって毎回投票で決めるのだそう。。
今回はだんとつで、女性ものの浴衣でメイクもかつらもばっちりきめて、その格好で電車に乗っていらしたという
男性の方が受賞しました!
たしかに、女から見てもきれいで完璧でした。


おもしろい会でした。
またぜひ参加したい。。
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by galwaygirl | 2011-08-26 21:23 | 日常の旅日記

ぼん・くれ・しょーがつ

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ここのところ、月日がたつのが早すぎて

夢をみているようなのである。



たしかに、記憶はあるのだけど
みょうにうすぼんやりとしていて、なにか他人の記憶のような
それはもうたよりない様子なのだ。


こういう時
夏目漱石の「夢十夜」を思い出す。
夢のようであり、現実のようであり
そのはざまでもあり、、
「こんな夢をみた、、、」
といった調子なのだ。



だから、お盆もあっという間にすぎた。
ぼんとくれとしょうがつは、猫の手も借りたいくらいだとよく言うけれど
今年は、あまり手伝えなかった。
でも、私は季節の行事の中ではお盆が一番好きだ。
ご先祖様が帰ってくる儀式。

みんな、普段は携帯電話やパソコンとにらめっこして、もっともらしいことを言って、テレビの司会者に文句言ったり、今日の献立に悩んだりしている人たちが、真剣な顔してご先祖様を迎える準備をする。
そして、実際に迎えに行く。

やり方は地方によっていろいろなんでしょうけど、
家のほうのやり方を、記録としてここに書いておくことにします。

・まずは、庭の季節の花々や果物や野菜などを仏壇にそなえる。
・それから上新粉でお団子をつくる。5個くらいそなえるもののうちなぜか数個だけくぼみをつける。
・きゅうりとなすを用意して、それぞれ割り箸を適当な長さに切りつきさして足にする。きゅうりは馬に、なすは牛に変身。。
・13日の朝、きゅうりの馬と、なすときゅうりを刻んで蓮の葉にのせたものとともにお墓にむかい、お墓参り。線香の火をちょうちんに移す。
・ちょうちんを片手に持ち、もう片方の手でご先祖様をしっかりおぶう。そして、きゅうりの馬とともに家に連れて帰る。
・14日、15日と本当は親戚などが来てにぎやかにすごし、ご先祖様をもてなしくつろいでもらう。
けど、これはだんだん減っていくやうで。。
・15日の夜、なすの牛とともに、またちょうちんに火をつけお墓まで送って行く。


以上。
そんな流れです。


都会の流れや、社会のうずに流されて生きていると
そんなことどうだっていいことに思えるかもしれない。
ないがしろにするつもりじゃないけど、とにかく時間もないしめんどうだ。。
それよりも、寝る間もおしんで働くことのほうが社会にとっても役にたっているんだって思うかもしれない。
でも、やってみてたしかにわかることがある。

当たり前に食卓にならぶ野菜や果物
こうやって昔の人は感謝してた。
ご先祖様のことを思い出し、もてなすことで、代々つながる血の流れを感じて親や兄弟に感謝した。
そうすることで、命の大切さをしらずしらず学んだ。
そうして家族の絆も深まったし、親戚付き合いも自然にできて、いざというときには助け合えた。




ものごとは一度ゆっくりたちどまって
おもてもうらもひっくりかえして
眺めまわしてみる必要がある。

そうして、きっとまたもとの場所にもどすのだ。
たぶん昔からあるそこにあることが一番いいのだから。


だけども、もどしたあと
きっとちがって見えることに気がつくと思う。
自分が変わったことに気付こうが気付かまいが、、



そうやって生きるということが
いちばんいい方法なんじゃないかって
最近よく思う。。
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by galwaygirl | 2011-08-18 22:12 | 日常の旅日記