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ぼん・くれ・しょーがつ

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ここのところ、月日がたつのが早すぎて

夢をみているようなのである。



たしかに、記憶はあるのだけど
みょうにうすぼんやりとしていて、なにか他人の記憶のような
それはもうたよりない様子なのだ。


こういう時
夏目漱石の「夢十夜」を思い出す。
夢のようであり、現実のようであり
そのはざまでもあり、、
「こんな夢をみた、、、」
といった調子なのだ。



だから、お盆もあっという間にすぎた。
ぼんとくれとしょうがつは、猫の手も借りたいくらいだとよく言うけれど
今年は、あまり手伝えなかった。
でも、私は季節の行事の中ではお盆が一番好きだ。
ご先祖様が帰ってくる儀式。

みんな、普段は携帯電話やパソコンとにらめっこして、もっともらしいことを言って、テレビの司会者に文句言ったり、今日の献立に悩んだりしている人たちが、真剣な顔してご先祖様を迎える準備をする。
そして、実際に迎えに行く。

やり方は地方によっていろいろなんでしょうけど、
家のほうのやり方を、記録としてここに書いておくことにします。

・まずは、庭の季節の花々や果物や野菜などを仏壇にそなえる。
・それから上新粉でお団子をつくる。5個くらいそなえるもののうちなぜか数個だけくぼみをつける。
・きゅうりとなすを用意して、それぞれ割り箸を適当な長さに切りつきさして足にする。きゅうりは馬に、なすは牛に変身。。
・13日の朝、きゅうりの馬と、なすときゅうりを刻んで蓮の葉にのせたものとともにお墓にむかい、お墓参り。線香の火をちょうちんに移す。
・ちょうちんを片手に持ち、もう片方の手でご先祖様をしっかりおぶう。そして、きゅうりの馬とともに家に連れて帰る。
・14日、15日と本当は親戚などが来てにぎやかにすごし、ご先祖様をもてなしくつろいでもらう。
けど、これはだんだん減っていくやうで。。
・15日の夜、なすの牛とともに、またちょうちんに火をつけお墓まで送って行く。


以上。
そんな流れです。


都会の流れや、社会のうずに流されて生きていると
そんなことどうだっていいことに思えるかもしれない。
ないがしろにするつもりじゃないけど、とにかく時間もないしめんどうだ。。
それよりも、寝る間もおしんで働くことのほうが社会にとっても役にたっているんだって思うかもしれない。
でも、やってみてたしかにわかることがある。

当たり前に食卓にならぶ野菜や果物
こうやって昔の人は感謝してた。
ご先祖様のことを思い出し、もてなすことで、代々つながる血の流れを感じて親や兄弟に感謝した。
そうすることで、命の大切さをしらずしらず学んだ。
そうして家族の絆も深まったし、親戚付き合いも自然にできて、いざというときには助け合えた。




ものごとは一度ゆっくりたちどまって
おもてもうらもひっくりかえして
眺めまわしてみる必要がある。

そうして、きっとまたもとの場所にもどすのだ。
たぶん昔からあるそこにあることが一番いいのだから。


だけども、もどしたあと
きっとちがって見えることに気がつくと思う。
自分が変わったことに気付こうが気付かまいが、、



そうやって生きるということが
いちばんいい方法なんじゃないかって
最近よく思う。。
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by galwaygirl | 2011-08-18 22:12 | 日常の旅日記
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