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蔵謎ークラナゾ

シャングリラを見逃してしまってから、ずっと気になっていたヤン・リーピンの世界。
今回のクラナゾには行くことができた。


チベット仏教の神髄にせまる今作。
どのように舞踊で見せるのか、本当に楽しみだった。



結果、
2ステージで3時間くらいあったと思われる舞台はあっという間に終わった。
何度も繰り返されるカーテンコール。
なりやまない拍手で、締めくくられたのだった。



クラナゾは老婆が3年の月日をかけて、チベットのラサまで巡礼するお話だ。
その間さまざまな文化にふれあい、民族舞踊や歌が繰り広げられる。
その衣装や歌も素晴らしかったし、
ヤンリーピンの世界を見たことがある人ならわかると思うが、視覚的に本当に美しい。
素晴らしい美の世界が広がっていた。
でもそれとは別の視点で、私はこの作品を見て
いきなりほっぺたを張り手でなぐられたくらいの、衝撃を受けた。


というのも、
私の生は私だけのものではなかったのだ。


私の生というものは繰り返される輪廻転生の一部。
後世のために、先祖が大切に引き継いできた命の一部。

そして、わたしはそれを引き継いでいかなければならないのだ。
そういうことをチベットの人たちは、自然にわかっていて、
死んだ後自分の体を鳥に食わせる。

輪廻転生だとか、鳥葬だとか書くと禍々しくなってしまうのだが、
本当は単純なこと。
生まれ変わるというのは、自然現象なのだと思う。
この世界を軸にして、数々の魂が回り回って形作られる。
体は誰かの血となり、土になり、水になって天に返る。
そしてまた地にふってくる。
仏陀が言いたかったのも、そういうことなのかもしれない。


私たちが生まれてきた理由は、ただひとつ。
この命をつなげていくことなんじゃないだろうか。


そういうことが、とても良くわかった。


宗教というのは本当にいろんなことを教えてくれる。
特に仏教は、私は哲学の一種だと考えている。

それは、生き方の道しるべ。

どうしても生きている間くだらないことを考えてしまう、私たち人間が
こういう風に考えて生きれば、与えられた大切な生を無駄にしないですむんだよという教えである。



ヒンズー教、チベット仏教、小乗仏教、大乗仏教、基本的な考え方は同じだと思う。



今回、ヤン・リーピンはそれを素晴らしい手法で示してくれていた。
そこには、まっとうな生があると感じた。


偶然なのか、必然なのか、、
実は明日から中国に旅立つ。
行き先はチベットではなく、北京と湖南省という南の方の街なのだが、
何かここで見たものの片鱗でも感じられたらなぁ、、と思わずにいられない。
また違った考え方、生き方がそこにはあるのだろうけど。


というわけで、2週間ほどお休みです。
帰ってきたらまた旅の模様など、お伝えできたらと思います。

みなさま、よい春をおすごしください。
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by galwaygirl | 2011-04-07 00:23 | 日常の旅日記
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