<< 春のにおひ 高円寺 U.F.O.CLUB >>

一年がすぎた。






ちょうど一年前の今日、
父が死んだ。


その日まで何の兆しもなく父は元気だったし、いつもどおりの日常が流れていた。
私たちは普通に寝て、普通に起きて、朝ごはんを食べ、歯をみがいた。
日曜日の朝の少しのんびりとけだるい空気が流れて、いつもとまったく何の違いもなかった。

ゆいいつ、父が起きてこなかったという事をのぞいては。



心筋梗塞。
考えてみれば、とてもありふれた最期なのだ。
父はとてもお酒が好きで、毎晩飲んでいたし、当然血圧が高かった。
60歳で少し若かったが、その年でそろそろ考えてほしいと思っていたほど、全国を飛び回って仕事していた。
それを考えれば、いつ何があってもおかしくはなかった。
私たちは、いつでも人と違った生き方や、考え方を持ちたいと思っているけれど、その死がありふれているということに関してはとてもありがたいことなのかもしれない。
本人にとっても、家族にとっても、、。



またたく間に1年がすぎて
私はひとつ年をとった。母も妹たちも。父が死んだ後に生まれた姪ももうすぐひとつ年をとる。
日々はたんたんと過ぎていき
また春がくる。

そういうふうにあっという間に、私も死ぬのだろう。
わたしたちは、そのことをつかの間忘れるために冗談を言う。みんなでわはわは笑い、踊ったり歌ったりする。
どれだけ、強く頭も良く一人でたくさんのお金を稼ぐ事ができても、
わたしたちは一人では生きられない。


どうしてもだ。



そのことは頭だけでなく、体で知らなければならない。
細胞のひとつひとつが知っていることは、頭で知っているということよりもずっとずっと強いことだからだ。
わたしたちはそれを体に刻み込んで、生きていかなければならないと思う。



そうすることによって、あなたはとなりの人の暖かみがわかるだろう。
一秒の重みもわかるだろう。
太陽や水や季節や大地、血の流れ、野菜、肉を与えてくれる動物たち、その全てに感謝するだろう。





大切なことを忘れてはいけない。




1年たった今日、
そういったことを自分に言い聞かせるために
ここに記す。
[PR]
by galwaygirl | 2011-01-31 19:05 | 日常の旅日記
<< 春のにおひ 高円寺 U.F.O.CLUB >>